2025.02.21

マーケティングは己の価値観を捨てること【店舗の開業なら塊】

自分は考えるから自分なのである…?

こんにちは。

株式会社塊です。

「我思う、ゆえに我在り」

これはかの有名なフランスの哲学者デカルトの言葉です。

私は思考する能力足りえるから、自分として存在できる。なので思考しない人はそこに存在しないのと同じだ。

という誤った解釈がされがちですが、

この言葉の真の意味は以下のようです。

 

世の中のすべての事象、いま生きているこの瞬間まで全てがここに存在するものなのかと懐疑的になったとします。

手に持っている携帯、持っているという感覚、道に割いている野花、右手に見える小売店、

今すれ違った人、脚を動かし歩こうとする意志…

そのすべてが本当に「ある」ものなのかどうか疑問に思ったとき、

それらがあるかないかを答えることは実際にはできません。

そこに存在することを証明は出来ないのです。やりようがありません。

しかし、それらを「疑う自分の存在」がいることは否定出来ません。

 

そのように何かを思考している自分を否定することは不可能です。

「私はいま思考をしていないのではないか?」←これも思考です。

なので、今この瞬間思考しているという事実は何があっても覆らない訳です。

その思考を生み出しているのは誰でしょうか。

紛れもないあなたですよね。

つまり、思考しているあなたの存在も否定することは出来ないのです。

 

そのようにしてデカルトは、自分という存在が実際にここにあることを証明しました。

 

そんな自分の存在を証明してくれる「思考」ですが、

これは人の数だけ色があります。

1人として全く同じ思考をする人はいませんし、その人自身の思考も経験や知識を得ることによって思考は絶えず変化していきます。

同じ事象を経験したとしても全く同じ思考になる人はいませんしね。

しかし、ある程度方向性が同じに傾くことはあります。

 

同じ国の同じ時代、同じような生活レベルの集団に囲まれて自己が形成されると、

ある程度思考や価値観が似通ります。

そうなると、それが普遍で当たり前の事実・事象であると勘違いします。

 

よく、「”普通”は分かるでしょ。」

「”普通”はこう考えると思います。」

など”普通”という言葉を用いますが、その”普通”とは自分の価値観や思考が介在している偏ったものであるということを理解しなければなりません。

 

マーケティングに自分の”普通”を適用してはいけない

さて、マーケティングの話をしたいと思います。

マーケティング、つまり売るための仕組みづくりですが、ここに自分の価値間を用いてしまうと上手くいきません。

 

例えば、先日Xでこんな投稿を見かけました。

「以前はここのお花屋さんで購入していたが、ここの御曹司とその奥さんの華やかな生活をSNSで見て、もう足を運ぶことがなくなった」

この感覚は私には全くない感覚だったので、この投稿を見てそのように感じる人もいるのかと思いました。

 

これについていた引用やリプライには

「確かに、私は〇〇の健康食品を長らく買っていたんだけど、そこの社長が外車に乗ってブランドのバッグを持っている様子を投稿しているのを見て、購入をやめた」

「△△のアパレルブランドはデザインが好きでよく購入してた、けどそこの社長と社員が豪華な旅行に行っている様子を動画で上げているのをみて、もう買うのをやめました」

など、共感の声もあれば、

「そんな考え貧乏人根性すぎる」

「オーナーや社長が貧しそうな生活を載せていればいいんですか?その感覚が分からない」

「全く考えたこともなかった。そんな風に思う人もいるんだなあ。」

などと批判するような声もありました。

 

どちらが多数派なのか計ることは実際には不可能なので、どちらが”普通”=”大多数”かは言うことができません。

そして、どちらも批判されるべき考えではありません。

どんな考えであっても、その思考を持つことを否定されるべきではありませんし、

相手を自分の価値観や思考に同調させようとするのは間違っています。

 

さて、マーケティングの話に戻しましょう。

この例でいうと、小売りの顧客の中にはこのように、

自分が購入することによって、お店やそのオーナーが潤う様子を見ることを厭う人がいる事実が分かりました。

これはよく考えると、突拍子もないような感情ではないのです。

 

例えば、コンビニでおにぎりを買うときにあなたは何を考えますか?

支払ったその代金150円というのはおにぎりの対価として考えるはずです。

ですが、実際には原価は100円で50円はお店の利益だったりします。

普段、モノに支払うときにそのようにお店の利益を考えることは少ないですよね。

しかし、そのお店がとっているであろう利益を否定する気持ちはないはずですし、ぼんやりと頭の片隅にはその存在もあるはずです。

では、これが50円だと許容できるかもしれませんが、それが140円の利益だったらどうでしょうか。

原価10円、利益は140円。これは暴利に感じますし、嫌な気持ちになる人が出てきてもおかしくありません。

そしてもう買わないという選択をしたとしても自然です。

しかし実際には、原価がいくらか知ることが出来ないので、このようなことは起きないでしょう。

 

では、オーナーや社長が華やかな生活を送る様子を発信していたらどうでしょうか。

原価が低いのでは?暴利をむさぼっているのでは?

本当に自分が購入したモノに自分が払っただけの価値があったのか…?

という想像が可能になってしまいますよね。

 

消費者にはこのようなことが起因となって活動が阻害されるという可能性を認識しなければならないのです。

それは自分の”普通”ではないから、世間一般の”常識”とはかけ離れているからなどは

それを認識しない理由にはなりません。

 

まとめ

マーケティングの第一歩目は消費者行動を理解すること。

そしてその消費者行動には自分の認識や価値観、常識を当てはめてはいけません。

あらゆる可能性を理解し認識して、分析を行いましょう。

 

特に想定顧客層の考えを理解することはとても大事です。

自分とは性別も年齢も異なるような消費者が顧客となる場合、

殊更自分のなかの常識は疑って、時には捨てて、相手を理解することがよいマーケティングに繋がっていきます。

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